深海/Mr.Children "コンセプト・アルバム"のすすめ

Mr.Children、『深海』に沈む

 

今回は、1996年6月24日にリリースされた、Mr.Childrenの5thアルバム『深海』を大まかに解説していきます。

 

 

『深海』とは

1993年、「CROSS ROAD」にてヒットのきっかけを掴み、1994年「innocent world」、アルバム「Atomic Heart」で社会現象を巻き起こしたMr.Children。そこから「Tommorow never knows」「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」「名もなき詩」など、ミリオンセラーを連発し、彼らの人気は絶頂に達していた。2枚のダブルミリオン、4枚のミリオンシングルを引っ提げて発表されたニューアルバム、『深海』。意外にも、そこに収録されていたシングル曲は、「名もなき詩」「花-Memento-Moriー」の2曲のみであった。(アルバムリリース後に「マシンガンをぶっ放せ」がシングルカットされている。)

これは、『深海』というアルバムが当初1つのトラックとして発表する予定もあったほどコンセプチュアルに作られており、そのコンセプトに沿わないシングル曲は次作の『BOLERO』に収録されることになったからである。芸術性だけでなく商業性も追求しなければならない音楽業界において、かなり実験的かつ攻めた試みであったといえる。

ニューヨークのヴィンテージ機器でアナログサウンドを追及したコンセプト・アルバム、『深海』。打ち込みなど当時最先端のサウンドを詰め込み、ある意味ベスト盤のような作りの次作、『BOLERO』。当時『青盤』『赤盤』として同時リリースする計画もあったこの対照的な2枚は、明らかに彼らの音楽性の転換期であった。

 

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『深海』聴き方のすすめ

先述したように、『深海』はコンセプト・アルバムなので、曲順通り、通しで聴いていただきたい。また、曲間の繋ぎが切れてしまわないようスマホ版ではなくPC版のSpotifyで聴くのがおすすめだ。

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軽く雰囲気を味わいたいという方はこちらの動画がおすすめ。約1時間のアルバムを18分にまとめながら、美味しい所はしっかりと味わえる編集となっている。

 

各曲解説

01.Dive

1曲目は冷たい海に飛び込むSE、「Dive」。息苦しくなるようなチェロの音色で、深海へと沈んでいく。

個人的にSEのあるアルバムは好きなものが多い。明確な意図を持って組み込まれており、アルバムとして聞く意味を持たせてくれる。サブスク全盛の現代だが、流れの楽しみ方も心得ておきたい。

 

02.シーラカンス

実質的なリードナンバー、「シーラカンス」。アコースティックなスタートだが、歪んだエレキギターと重厚なドラムで一気にダークな世界観に引きずり込まれる。

今作全体を通し何度も登場するシーラカンスという言葉は、「不変の象徴」「心の奥に眠る夢、希望」として用いられている。この冒頭部分の歌詞は、激動の現代社会で「不変」を探し彷徨っているのだ。

しかしそんなシーラカンスを、「何の意味も何の価値もない」と一蹴。またこの「メガやビットの海」は「メガヒットの海」と読み替えることができる。メガヒットの後の望んでいないアイドル化、プロデューサー小林武史との不仲説、さらには不倫騒動と、自分の「ヒット像」と現実との乖離に疲弊した当時の桜井和寿の心情が伺える。(この解釈は芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんの動画で解説されていた。凄く面白いのでぜひ見ていただきたい。)

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後半、曲調が激しくなるとともに、「変わらない」らしきものを掴みかけるも、結局答えは出ず、荒波に飲まれ混沌に沈んでいく。

 

03.手紙

シーラカンス」から繋いで、アコースティックギターとピアノに乗せたラブソング。

過去の恋愛を振り返り、先ほどは一蹴した「かけがえのないもの」に気付いた様子。アルバム3曲目にして「結末」「結論」を描いているが、これは元々『深海』が03.「手紙」から始まり、13.「花ーMemento-Moriー」で終わる、男女の出会いから別れをを逆再生した物語として発表する予定だったからだとか。

 

04.ありふれたLove Story ~男女問題はいつも面倒だ~

物語調で、1組の社会人カップルの出会いから別れを描いた1曲。かなりリアリティのある生々しい内容で、タイトル通り「ありふれた」共感性の高い内容となっている。

サウンドとしてはポップでありながら、フォーキーなギターや重いドラムなどでアルバムの中でも決して浮かないようになっている。また、歌詞は珍しく僕でも君でもない第三者目線となっており、この曲のどこか客観的で冷めた雰囲気を作り出している。

 

05.Mirror

まっすぐで可愛らしい、単純明快なラブソング。今作の中では目立ってポップな曲調で、「不変的存在になる決意」のようなものを1人嚙み締めている。とっかかりやすく詞も良いのでおすすめ。この曲をフェイヴァリットに挙げるファンも多い。

 

06.Making songs

レコーディングの様子を切って貼ったようなSE。「Mirror」の余韻を嚙み締めさせるための時間作り、「名もなき詩」への橋渡し的な意味合いだろう。

 

07.名もなき詩

言わずと知れた代表曲。今作の中でこの曲だけは事前に東京でレコーディングされたものだが、浮いていないのはざらついたブルース寄りの歌唱と前後の曲によるものだろう。2サビの「愛はきっと奪うでも~」の部分のほうが人気があるが、個人的に1サビのほうが好きなので1サビを引用。1番のもどかしい状態から2番での気付き、早口でまくし立て目の前が開けるCメロ、開放的な大サビと穏やかな幕切れという展開が秀逸な一曲。

 

08.So Let's Get Truth

長渕剛をパロったような歌い方。ストリートミュージシャンになりきり、皮肉めいた社会風刺を歌い上げる。アウトロに演奏後の拍手の音と、観客の「中々イカしてるけど、昼間の仕事はやめるなよ」という英語のセリフが入っている。この曲も「名もなき詩」を浮かせないようにする役割が大きい。

 

09.臨時ニュース

題名の通り、臨時ニュースを読み上げるアナウンサーのSE。1995年のフランスの核実験に関する内容。次の曲「マシンガンをぶっ放せ」に関係するものとなっている。また、音楽鑑賞をいったんリセットし、聴き手側に再び集中してもらおうという、「お口直し」的なトラックでもある。

 

10.マシンガンをぶっ放せ

激しいメロディーとともに、現代における善悪の判断の難しさとそれに対する行き場のない怒りを歌った曲。善悪というものが「人による」からこそマシンガンをぶっ放す相手は「見えない敵」なのである。

2サビでは01.「シーラカンス」でも述べた自身のヒット像との乖離を「愛に似た金」という言葉で表現ている。

 

11.ゆりかごのある丘から

8分52秒にも渡る、プログレらしい大作。インディーズ時代からある曲だが、歌詞が「戦争」から「戦場」に変更されている。これにより職場や学校など、様々な戦場を抱える現代人にも刺さりやすくなっている。

「青年が戦争から帰って来ると恋人に浮気されており、思い出の地で自殺を考える」みたいな内容だが、このままの解釈だと満腹状態で無理矢理バスクチーズケーキの大食いをさせられているような感覚になるので、個人的には「君」を「昔の希望ある自分」として解釈するほうが好きである。

そしてこの曲、アウトロが異様に長い。が、ここが聴きどころでもある。悲しみで狂ったように吹き荒れるサックス、消え入るようなボーカル、そして戦闘機を想起させるプロペラ音がドラムに変わり、12.「虜」へと芸術的に繋いでいく。

 

12.虜

別の彼氏がいる女性と浮気関係になる曲。「俺のことは俺の価値観で決める」的な考えが見え隠れする。歌詞はそれほど好きではないがとにかく音が良い。イントロの骨太なファズ、ざらつきと艶やかさが共存するボーカル、そしてアウトロのゴスペル調の女性コーラス。本格的なブルース・ロックを堪能できる1曲。

 

13.花ーMemento-Moriー


「ため息色した通い慣れた道」は今作の中でも特に好きなフレーズである。情景描写の力が凄まじく、一気に曲の世界観に持っていかれる。

端々の言葉選びから分かる通り、この曲は女性目線で描かれており、元々女性シンガーに提供しようと考えていたらしいが、気に入ったため自分でリリースすることにしたのだとか。

メロディーが激しくなるCメロではこのように歌われており、「変わらないもの」への強い渇望が表れている。

 

14.深海

今作のラストを飾る「深海」。一度は突き放したシーラカンスに問いかけ、救済を求める。

主人公は、シーラカンスにどこへ導いてほしいのだろうか。時間旅行か、地上への復活か、死による救済か。この曲のアウトロでは、再び水音が聞こえてくるが、01.「Dive」とは異なり、浮上しているのか、さらに深く沈んでいくのかは分からない。だが、最初の冷たい音から、温かみのある水音に変わっているので、自分にとって光の射す方へ解釈すればよいのではないかと思う。

 

総括

いかかだっただろうか。発売当時ミスチルファンのための「踏み絵」とまで呼ばれた今作は、少し取っつきにくいダークなコンセプト・アルバムである。しかし、どちらかと言えばポップ寄りのMr.Childrenがリリースした最もロックな作品とも言えるので、ぜひおすすめさせていただきたい。それでは。